アメリカの犬猫は、年23兆円の経済を回している。── ペットを"家族"と書いたら、産業はここまで膨らんだ

ペットフードの棚に、サーモンとさつまいもを使った「グレインフリー・シニア向け」が並ぶ。動物病院に予防歯科のサブスクがある。ボーディング施設に専属の運動コーチがいる。

これは、いまアメリカで起きていることです。

米国ペット製品協会(APPA:American Pet Products Association)は、2025年の米国ペット業界の総支出が1,580億ドルに達したと発表しました。日本円にしておよそ23兆円。2026年には1,650億ドルを超え、約4.4%の成長が続くと予測されています。

「ペットは家族」という言葉を、産業の数字で裏返すと、ここまでの規模になる。今日はその構造を、日本の1.9兆円市場と並べて読み解いてみます。

■ アメリカ、1,580億ドルという市場の内訳

APPAの「2025 State of the Industry Report」によれば、米国のペット関連支出は4つの柱で構成されています。2024年の数字で見ると、内訳はこうです。

・ペットフード&おやつ:685億ドル
・動物病院ケアと関連製品:398億ドル
・用品・生体・市販薬:333億ドル
・その他サービス(ボーディング、グルーミング、保険、訓練、ペットシッターなど):130億ドル

合計1,520億ドル。これが2025年には1,580億ドルまで伸びました。背景には、ペット保有世帯が9,500万世帯で安定している一方、1世帯あたりの年間支出が782ドル(前年比+4.1%)と伸び続けている事実があります。頭数ではなく、1頭にかける金額が上がっている。これがアメリカ型成長の特徴です。

象徴的な企業もいくつかあります。オンライン専業のChewy(チューイー)は2024年度に約116億ドルを売り上げる巨大ECに成長し、定期購買とテレヘルスを組み合わせたモデルを定着させました。実店舗のPetSmartやPetcoは、店内グルーミング・トレーニング・動物病院併設という”ワンストップ化”を進めています。フード市場ではMars Petcare、Nestlé Purinaという二大グローバルプレイヤーが、人間用食品と同じレベルのR&D投資を続けています。

■ なぜここまで膨らんだのか

数字の裏には、たった一つのキーワードがあります。Humanization(ペットの家族化)です。

調査会社の集計では、ミレニアル世代とZ世代の69%がペットを「家族の一員」と回答しています。さらにミレニアル世代だけで全米のペット飼育者の約35%、ペット関連支出全体の約40%を占める、という分析もあります。”子どもを持つ前にまず犬”という生活スタイルが当たり前になり、しかも彼らは自分の食生活や予防医療と同じ基準を、ペットに適用しはじめた。

その結果、伸びているカテゴリーが具体的に分かれています。フレッシュフード、機能性栄養、サプリメント、予防歯科、整形外科スクリーニング、シニア向けウェルネスプラン。「治療」ではなく「予防」「長寿」「QOL」に出費が動いている。これは人間のヘルスケア市場と同じ構図です。

景気が完全な追い風だったわけではありません。2025年は、22%の飼い主が「ペットへの支出を減らした」と回答し、前年比10ポイント増。それでも市場全体は伸びました。減らす人と増やす人の二極化が起きながら、平均値が押し上げられている。これは、ペット支出が「裁量的消費」から「準・必需消費」へ移っている兆しだと、業界レポートは指摘しています。

■ 日本の1.9兆円市場と何が違うか

日本も、決して止まっているわけではありません。矢野経済研究所の2025年8月発表によれば、2024年度の国内ペット関連総市場規模は前年度比2.6%増の1兆9,108億円。2025年度は1兆9,257億円と予測されています。猫向け商品の伸長と高付加価値化が市場を牽引している、という分析です。

ただ、数字を並べると差は小さくありません。1,580億ドルは、単純換算で日本の約12倍。米国の人口は日本の約2.7倍ですから、人口比を補正してもなお4倍以上の差があります。

差が出ている要素を分解すると、3つに整理できます。

ひとつは、動物病院支出の桁が違うこと。米国は約400億ドル(約5.9兆円)。日本は調査によりますが、獣医療市場は5,000~6,000億円規模と推定されており、約10倍の差があります。ペット保険の普及率や保険でカバーされる範囲の違いが、ここに直結します。

ふたつめは、サービス産業の厚みの違い。米国はボーディング、トレーニング、シッター、ウェルネス、ペットテックといった”周辺サービス”だけで130億ドル。日本ではホテル・トリミング・しつけ教室は伸びていますが、保険や予防ケアまで含めたサブスクリプション型のサービスはこれから、というフェーズです。

みっつめは、「家族化」を支える社会インフラ。賃貸物件のペット可率、公共交通や商業施設での同伴受け入れ、勤務先のペット休暇制度。「ペットは家族」と思っている人の比率は日本も決して低くないのに、行動に移すための仕組みがまだ足りていない。だから1世帯あたりの支出が上がりにくい。

これは「日本が遅れている」のではなく、市場が成熟するフェーズが違う、と考えるほうが正確だと私たちは見ています。

■ 私たちが、日本で今からできること

1,580億ドルの市場を一夜で作ることはできません。でも、その市場の本質をひとつだけ取り出すなら、それは「1頭にかける時間・お金・選択肢を、社会の側が許している」ことです。

飼い主としてできること。健康診断と予防医療をルーティンにする。フードや用品を価格だけで選ばず、原材料や根拠で選ぶ。同じ国内でも、ペット同伴OKの場所を積極的に使う。それぞれが、需要を可視化する一票になります。

事業者としてできること。「治療」だけでなく「予防」「学び」「コミュニティ」へサービスを広げる。ソプラ銀座が幼稚園・ホテル・教育を組み合わせて運営しているのも、同じ問題意識からです。1回の利用ではなく、犬の一生に伴走する設計。そこにこそ、日本のペット市場が次に伸びる余白があると考えています。

行政としてできること。ペット可賃貸の供給促進、公共施設の同伴ルール整備、災害時の同行避難の標準化。市場規模というアウトプットは、こうした制度のインプットから遅れて生まれます。

■ “23兆円”の本当の意味

1,580億ドル、という数字は派手です。でも、その数字が映し出しているのは、お金の話ではなく、「ペットと生きることを、社会の前提として認めるとここまで産業になる」という一つの実例です。

日本にはまだ、その余白があります。ペットを家族と感じる気持ちは、すでに広く根付いている。あとは、その気持ちを行動に変える仕組みを、私たち事業者と飼い主と行政で、少しずつ整えていく番です。

うちの子が、もう少し当たり前に街に出られる毎日へ。1,580億ドルの向こうにあるのは、結局のところ、そのささやかな景色なのだと思います。

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