東京ドーム21個分が、犬の「走っていい場所」。── 音楽の都ウィーンが街なかに用意した、100万平方メートルの余白

「音楽の都」と呼ばれるウィーン。クラシックと宮殿の街、というイメージが強いかもしれません。でも、その同じ街が、犬にとっても世界屈指の「走れる街」だということは、あまり知られていないのではないでしょうか。

ウィーン市が公式に整備している「Hundezone(フンデツォーネ=犬ゾーン)」は、市内に224か所。その合計面積は100万平方メートルを超えます。東京ドームに換算すると、およそ21個分。この広さが、観光名所やアパートの合間に、ごく当たり前に点在しているのです。

今日は、ウィーンが街の「余白」をどう犬に分け与えているのか。そして、なぜそれができたのかを、私たちソプラ銀座の視点で見ていきます。

■ ウィーンの現状 ── 街に溶け込む224の「犬ゾーン」

ウィーン市の公式統計によると、市内のHundezone(犬ゾーン)とHundeauslaufzone(犬の運動エリア)は合わせて200か所以上、データによっては224か所に達します。総面積は100万平方メートル超。これらはすべて、市の公園管理部門「Wiener Stadtgärten(ウィーン市庭園局)」が維持・管理する、れっきとした公共インフラです。

ルールも明快です。2006年1月1日以降に新設された犬ゾーンは、フェンスで囲うことが義務づけられています。そしてゾーンの中では、犬はリードもマズル(口輪)もなしで自由に走り回ってよい。つまり「囲われた安全な空間の中では、思い切り自由に」という設計思想が、街全体に行き渡っているのです。

しかも、これらの犬ゾーンは特定の郊外に固まっているわけではありません。ウィーン市は23ある行政区ごとに犬ゾーンの数や面積、さらには犬のフン回収袋スタンドの設置数まで公式統計として毎年公表しています。「どの区に、どれだけ犬の居場所があるか」を行政が数字で把握し、開示している。この透明性そのものが、犬ゾーンを「あれば嬉しいおまけ」ではなく「管理すべき公共インフラ」として扱っている証拠だと言えます。

象徴的なのが、ドナウ川に浮かぶ全長約21kmの人工島「Donauinsel(ドナウインゼル)」。ここには犬が泳げる専用エリアまで用意されています。世界遺産の街並みのすぐ脇に、犬が全力で走れる芝生があり、夏には川で泳げる。この「日常の中の余白」こそ、ウィーンが何十年もかけて積み上げてきたものです。

■ なぜウィーンはそれを実現できたか

背景には、ウィーンという都市の二つの性格があります。

ひとつは、緑地の多さです。ウィーンは市域のおよそ半分が緑地や農地で占められる、ヨーロッパでも有数の「緑の首都」。もともと公共空間に余裕があり、その一部を犬に割り当てるという発想が成り立ちやすい土壌がありました。

もうひとつは、強い行政主導の都市運営です。ウィーンは100年近く前から公共住宅や公園整備に市が大きく関与してきた歴史を持ち、「市民の生活空間は市が設計する」という文化が根づいています。犬ゾーンも、その延長線上にある「公共サービス」として捉えられているのです。犬を飼う世帯のための場所づくりは、ベンチや遊具を置くのと同じ、当たり前の都市計画の一部なのです。

■ 自由の裏にある「責任」の制度設計

では、犬ゾーンの外ではどうか。ここにウィーンらしさが出ます。

公共交通を運営するWiener Linien(ウィーン市交通局)のルールでは、箱に入れて運ぶ場合を除き、犬にはマズルとリードの着用が必要です。さらに犬自身にも「半額チケット」が求められます(運賃体系により1ユーロ台〜2.4ユーロ程度)。盲導犬・介助犬などのアシスタンスドッグは、リードもマズルもチケットも免除されます。

飼い始める前の段階にも制度があります。2019年7月1日以降、ウィーン市で犬を新たに迎える人は、事前に「Sachkundenachweis(飼育適性の証明=知識講習)」の修了が義務づけられました。犬の登録(犬税の届け出)の際に、この修了証の提示が必要になります。加えて、飼い主には最低72万5,000ユーロを補償する損害賠償責任保険への加入も求められます。

囲いの中では自由に、街なかでは責任を持って。ウィーンは「自由」と「責任」を、場所ごとにきれいに切り分けているのです。

■ 日本との違い ── 「禁止」から始まるか、「場所」から始まるか

日本の都市公園では、いまだに「犬の立ち入り禁止」「リード必須」が基本で、ノーリードで走れる場所は限られています。一方ウィーンは、市の予算と土地を使って「犬が自由になれる囲い」を100万平方メートル分も用意した。

これは「進んでいる/遅れている」という話ではないと、私たちは考えています。日本は人口密度が高く、土地の制約も大きい。ウィーンとは前提となるフェーズが違うのです。ただ、ひとつ確かなことがあります。ウィーンは「犬をどう排除するか」ではなく「犬の居場所をどう設計するか」から議論を始めた、ということです。

■ 私たちが日本でできること

いきなり100万平方メートルは難しくても、できることはあります。たとえば、時間帯を区切って公園を開放する。小さくてもいいから「囲われた安全なドッグエリア」を一つ作る。そして何より、飼い主一人ひとりが「囲いの外では責任を持つ」という文化を育てること。

ウィーンの仕組みが教えてくれるのは、「自由」と「責任」はセットだということです。224か所の犬ゾーンで犬がノーリードで走れるのは、その外側に知識講習や保険、マズルやリードといった責任の仕組みがきちんと用意されているから。片方だけを真似ても、街は犬を受け入れてはくれません。

ソプラ銀座が犬の幼稚園やしつけ教育に取り組むのも、この「責任の土台」を地域に広げたいからです。自由に走れる場所が増えるほど、飼い主の責任も問われる。その両輪がそろって初めて、街は犬に「余白」を差し出せるのだと思います。

街の真ん中に、犬が全力で走れる芝生がある。うちの子と、何も気にせずそこで過ごせる午後がある。そんな「当たり前」を、いつか日本のまちにも。共に生きるという選択を、社会の前提に。

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