「ペット不可」と契約書に書いても、無効になる国がある。── スウェーデンが法律で守る「犬と部屋を借りる権利」

日本で部屋を探すとき、私たちはまず物件情報の「ペット可」の三文字を探します。その一言があるかどうかで、選べる部屋は一気に狭まる。犬と暮らしたい人にとっては、当たり前になりすぎた「不自由」ではないでしょうか。

けれど世界には、その前提そのものがない国があります。スウェーデンでは、賃貸契約書に「ペット不可」と書いても、その条項は原則として効力を持ちません。今日は、北欧の一国が法律とルールでつくりあげた「犬と部屋を借りる権利」の話をします。

■ スウェーデンでは「ペット可の部屋」を探す必要がない

スウェーデンの賃貸住宅では、入居者が犬や猫を飼うことは、基本的に借り手の権利として認められています。大家が契約書に「動物の飼育を禁止する」と書き込んでも、その条項は原則として無効。例外はアレルギー対応をうたった特別な住宅など、ごく限られた場合だけです。

賃貸関係を定めるのは、スウェーデンの土地法(Jordabalken)の第12章、通称「ヒュラースラーゲン(Hyreslagen=賃貸借法)」と呼ばれる部分です。ここでは、部屋の使い方に関する借り手の自由が広く守られていて、ペットの飼育もその範囲に含まれると解釈されています。だから、スウェーデンの人は「ペット可の部屋」をわざわざ探しません。ペットと暮らせるのが標準で、探すまでもないからです。

もちろん、権利には責任がセットになっています。飼い主は、自分の犬が隣人の迷惑にならないよう気を配る義務を負う。共用の芝生や花壇、子どもの遊び場を汚さないこと。吠え声で近隣を困らせないこと。「飼っていい」の裏側に「きちんと飼う」がある。この対の関係が、制度の土台になっています。

■ 背景にある、2019年施行の新しい動物福祉法

なぜ賃貸で当たり前にペットが飼えるのか。その根っこには、スウェーデンの動物福祉に対する考え方があります。

スウェーデンは2018年に新しい動物福祉法(Djurskyddslag 2018:1192)を成立させ、2019年4月に施行しました。この法律の目的は、条文の冒頭で「動物福祉を高め、動物への尊重を促すこと」だとはっきり書かれています。動物を「守るべき対象」としてだけでなく、「尊重されるべき存在」として位置づけたわけです。

法律の理念は、犬や猫が「自然な行動をとれる環境」で暮らせることを求めています。これを受けて、スウェーデン農業庁(Jordbruksverket)は具体的なルールを定めています。よく知られているのが、犬を一日に何度も外に出して運動させること、そして「犬を6時間以上ひとりにしてはならない」という目安です。

さらに、犬をつなぎっぱなしにすること(係留)は原則として厳しく制限され、屋外でつなぐ場合も短時間に限られます。人との接触がないまま犬を隔離して飼うことも認められていません。日本ではまだ議論の入り口にある論点が、スウェーデンではすでにルールとして言語化されている。ここに、この国の「フェーズの違い」が表れています。

■ なぜスウェーデンはここまで踏み込めたのか

背景には、ペットが社会にしっかりと根を張っている現実があります。スウェーデンでは犬の飼育数が2022年ごろに約104万頭でピークを迎え、猫にいたっては170万匹以上が暮らすとされています。人口約1,050万人の国で、この密度です。

そして特筆すべきは、ペットの約8割が保険に加入しているという事実。スウェーデンは1924年に世界初の本格的なペット保険会社アグリア(Agria)が生まれた「ペット保険発祥の国」でもあります。「動物は家族」という価値観が、法律だけでなく、経済のインフラとしても100年かけて社会に組み込まれてきた。だからこそ、賃貸でペットを飼う権利を守ることが、特別なことではなく「当然の帰結」になっているのではないでしょうか。

つまり、スウェーデンの制度は、突然できた理想ではありません。動物を家族として扱う暮らしが先にあり、その暮らしを守るために、法律とルールが後から整えられていった。順番が、私たちの想像と逆なのかもしれません。

■ 日本との違い ── 「遅れている」のではなく「別のフェーズにいる」

翻って日本では、賃貸住宅の多くが今も「ペット不可」を基本としています。無断でペットを飼えば契約違反として退去を求められることもあり、犬と暮らす人は「ペット可」の限られた物件をめぐって選択肢を狭められているのが現実です。

ただ、これを単純に「日本は遅れている」と切って捨てるのは、正確ではないと私たちは考えています。日本の集合住宅は密度が高く、共用部の設計や近隣との距離感も、北欧とは条件が違います。原状回復や騒音をめぐるトラブルの歴史が、貸し手を慎重にさせてきた面もある。スウェーデンが100年かけて積み上げてきた文化と制度を、そのまま輸入できるわけではありません。

大切なのは、スウェーデンが「権利」と「責任」を必ずセットにしてきたことです。飼っていい、の裏に、きちんと飼う、がある。この対の関係を丁寧に育てられれば、日本にも「ペット可を探さなくていい社会」への道は開けるはずです。

■ 私たちが、今から日本でできること

では、私たちに何ができるでしょうか。

飼い主にできるのは、「きちんと飼う」を先に差し出すこと。近隣への配慮、しつけ、鳴き声や衛生の管理。それが積み重なるほど、「犬がいる部屋」への社会の警戒はやわらいでいきます。

事業者や行政にできるのは、飼い主の「きちんと」を支える仕組みを増やすこと。しつけや共生マナーを学べる場、犬と暮らす人が集える場所、トラブルを未然に防ぐ相談の窓口。ソプラ銀座が犬の幼稚園や教育事業に取り組んでいるのも、この「支える側」を厚くしたいからです。権利を叫ぶより先に、責任を果たせる環境をつくる。それが、遠回りに見えて確かな一歩だと考えています。

スウェーデンの「ペット不可条項は無効」という制度は、私たちには少しまぶしく見えます。けれど、その根っこにあるのは特別な理想ではなく、「動物と暮らすことを、社会の前提にする」という一つの選択でした。

いつか日本でも、部屋探しのときに「ペット可」の三文字を探さなくてよくなる日が来るかもしれません。うちの子と一緒に、当たり前のように玄関の鍵を開けられる。そんな社会を、私たちは少しずつ、この国のかたちに合わせて育てていきたいと思っています。

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