お隣の韓国で、いま不思議なことが起きています。
赤ちゃんを乗せるベビーカーより、犬や猫を乗せる「ペットカート」のほうが売れている。冗談のような話ですが、これは大手通販サイトが公表した、れっきとした販売データの話です。
世界でいちばん子どもが生まれない国で、ペットがひとつの「経済」を動かしはじめている。今日はその風景を、数字と一緒に見ていきます。
■ ベビーカーを抜いた、ペットカート
韓国最大級のオンラインモールGmarket(Gマーケット)の集計によると、2023年の1〜9月、サイト上で売れた「カート類」のうち、ペット用が57%を占めました。ベビーカーは43%。ペット用がベビー用を初めて上回った瞬間です。
しかもこれは一過性ではありません。ペットカートの比率は2021年に33%、2022年に36%、そして2023年に57%へ。わずか数年で、坂をのぼるように逆転していきました。
このニュースは韓国の英字紙コリア・タイムズ(The Korea Times)でも報じられ、ベビー用品よりペット用品が売れていく現象として国内外の注目を集めました。
背景にあるのは、韓国の合計特殊出生率です。0.7台という、世界で類を見ない低さ。日本の1.2前後と比べても、その低さは際立っています。「子どもを乗せるもの」より「ペットを乗せるもの」が売れる、という現象は、この国の人口構造をそのまま映した鏡なのかもしれません。
カートだけではありません。食べもの、医療、保険、おやつ──かつては赤ちゃん向けに伸びていた商品カテゴリーの多くで、いまペット向けが存在感を増しています。
■ 「ペット経済」は、6兆ウォンへ
韓国ではペットを家族として迎える人たちを「ペッパム族(Pet-fam)」と呼びます。ペット(Pet)と家族(Family)をかけ合わせた言葉です。
その経済規模も大きくなっています。韓国農村経済研究院(KREI)の推計では、ペット関連産業の市場規模は2015年の約1.9兆ウォンから、2027年には約6兆ウォンへ。10年強で3倍を超える計算です。
内訳も、フードや動物病院だけではありません。ペット保険、美容(トリミング)、ホテル、しつけ教室、そして冒頭のペットカートのような専用グッズまで。韓国政府はこの分野を「育てるべき産業」と明確に位置づけ、市場のさらなる拡大を国の政策として後押ししています。一部の報道では、関連市場を2027年までに大きく引き上げる目標も語られています。
ソウルでは、およそ10世帯に1世帯が犬と暮らしているとも言われます。韓国全体では約1,546万人、国民のおよそ3割が、いまペットとともに生活しています。これは「一部の愛好家」の話ではなく、社会のかなりの部分が当事者になった、という規模感です。
■ なぜ、韓国でこれが起きたのか
「進んでいるから」ではない、と私たちは考えています。
韓国でペット経済が膨らんだのは、急速な少子化と単身世帯の増加という、社会の大きな変化があったからです。一人暮らしが増え、結婚や出産の時期が遅くなる。そのなかで、ペットが暮らしの中心に座るようになった。
韓国では単身世帯の割合が全体の4割に迫ると言われます。一人で暮らす時間が長くなれば、そばにいる存在の意味は重くなります。ペットは「飼うもの」から「ともに生きる相手」へと位置づけが変わり、その変化が支出となって表れた。それがペットカートの数字なのだと思います。
言いかえれば、これは「ゆとりの結果」というより、「変化への適応」です。家族のかたちが変わったから、お金の使い道も、街のサービスも、それに合わせて動いた。韓国のペット経済は、そんな社会の正直な反映なのだと思います。
■ 日本との違い
日本も、決して無縁ではありません。
矢野経済研究所の調べでは、日本のペット関連市場はすでに年間1.9兆円規模に達しています。少子化も、単身世帯の増加も、私たちが直面している現実です。
違うのは、その「見え方」かもしれません。韓国では、ペットカートの販売比率というわかりやすい数字が、社会の変化を可視化しました。日本では同じ変化が進んでいても、まだ「データ」として語られる機会が多くありません。
これは優劣の話ではなく、フェーズの違いです。日本には日本のスピードと、積み重ねてきた文化があります。大切なのは、変化から目をそらさないことではないでしょうか。
■ 私たちが、日本でできること
ペットが家族になる流れは、もう止まりません。だとすれば、次に問われるのは「受け皿」です。
飼い主にできるのは、ペットを「家族の一員」として、暮らしの設計に最初から組み込むこと。住まい選び、防災、もしもの備え。人の家族と同じように考えることから、共生は始まるのではないでしょうか。
事業者にできるのは、フードやグッズの先にある体験──預ける、学ぶ、一緒に出かける──をていねいに用意すること。モノが売れることと、暮らしが豊かになることは、必ずしも同じではありません。だからこそ私たちは、数字の伸びだけを追うのではなく、その先にある「安心して一緒に暮らせる時間」を増やしたいと考えています。
行政にできるのは、その変化を前提に、街のルールや空間を少しずつ更新していくこと。韓国のように出生率の数字がきっかけになる前に、私たちは静かに準備を始められるはずです。
ソプラ銀座も、サロンや犬の幼稚園、ペットホテル、そして教育という形で、その受け皿のひとつでありたいと思っています。経済の数字の裏には、いつも一頭一頭の暮らしがあります。
数字は、社会の心の動きを映します。
ベビーカーとペットカートの比率という、一見ささいなデータの逆転。その奥には、家族のかたちが静かに変わっていく、ひとつの時代の手ざわりがあります。
韓国のペットカートが教えてくれるのは、「何にお金を使うか」がそのまま「何を大切にしているか」だということ。そしてそれは、海の向こうの話ではなく、私たちのすぐ隣で起きている話でもあります。
ベビーカーの隣に、ペットカートが並ぶ風景。そのどちらも肩身の狭い思いをしない街を、私たちはこの国でつくっていけるはずです。
いつか、うちの子と並んで歩く道が、もっと広くなりますように。
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