世界で最初に「動物は感じる存在(sentient)である」と法律へ明記した国のひとつが、ニュージーランドです。2015年、議会は全会一致でその一文を可決しました。
ところがその同じ国が、2026年3月、犬に関する法律を「全面的に作り直す」と発表しました。やさしさを法律に書いた国が、なぜいま、ルールを締め直そうとしているのでしょうか。
この一見矛盾したニュースの中に、私たちが目指す「ペット共生社会」のいちばん大事なヒントが隠れている、と私たちは考えています。
■ 2015年、ニュージーランドは「動物は感情を持つ」と法律に書いた
2015年5月、ニュージーランド議会は「動物福祉改正法(Animal Welfare Amendment Act (No.2) 2015)」を可決しました。1999年に制定された動物福祉法(Animal Welfare Act 1999)の冒頭に、「動物は sentient(感覚・感情を持つ存在)である」という認識を明記したのです。
sentient とは、痛みや distress(苦痛)だけでなく、喜びのような前向きな感情も経験できる、という意味です。法律の言葉として「犬や猫には心がある」と認めた、と言い換えてもいいでしょう。同じ改正で、化粧品の動物実験も禁止されました。
背景には長い歴史があります。動物保護団体 SPCA がこの国に生まれたのは、なんと1872年。150年以上にわたって、動物を「物」ではなく「生きもの」として扱う文化が積み重ねられてきました。
■ それでも、2026年に犬の法律を作り直すことにした
ところが2026年3月、ニュージーランド政府は「犬規制法(Dog Control Act 1996)」の全面的な見直しを命じました。きっかけは、各地で相次いだ深刻な犬の咬傷事故です。死亡例を含む事故が続き、「今の法律は現状に合っていない(no longer fit for purpose)」という声が一気に強まりました。
見直しの対象は、放し飼いや管理されていない犬への対応、違反した飼い主への罰則の強化、去勢・避妊(desexing)の義務、そして地域の取締官(council officer)の権限拡大など、多岐にわたります。注目したいのは、この見直しが「犬を減らそう」という方向ではない、という点です。狙いはあくまで、無責任な飼育と、管理されないまま街をうろつく犬(roaming dogs)を減らすこと。犬と人が安心して同じ空間にいられる状態を、もう一段アップデートしようとしているのです。
ちなみにこの国では、犬の登録は毎年が義務。2006年7月1日からは、ワーキングドッグ(牧羊犬など)を除くすべての犬にマイクロチップ装着が義務づけられ、登録情報は内務省(Department of Internal Affairs)の National Dog Database で一元管理されています。「心がある」と認めるだけでなく、登録・識別・管理の仕組みも、すでにかなり綻密なのです。
■ なぜ「やさしさ」と「ルール」は両立するのか
ここに矛盾はありません。むしろ逆です。
「動物には心がある」と認めることと、「だから飼い主には責任がある」と求めることは、同じコインの裏表です。感情を持つ存在だからこそ、適切に世話をする義務(duty of care)が生まれる。自由に振る舞っていい、という話ではないのです。
2015年の改正でも、動物の所有者と管理者に「その動物の福祉にきちんと配慮する義務」が課されました。やさしさは、放任ではなく責任とセットで語られてきた。2026年の犬規制法の見直しも、この延長線上にあります。咬傷事故を減らすことは、被害に遭う人を守るだけでなく、「危険」というレッテルから犬たち自身を守ることでもあるからです。共生とは、好きにさせることではなく、人と犬の双方が安心できる設計を、社会全体で持ち続けることなのだと思います。
■ 日本との違い
日本も2022年から、販売される犬猫へのマイクロチップ装着が義務化され、識別の仕組みは整いはじめています。一方で、「動物は感じる存在である」という理念を法律の柱に据える、という発想はまだ前面には出ていません。
これは「遅れている」というより、フェーズが違う、と捉えるのが正確だと考えています。ニュージーランドは1872年のSPCA設立から数えて150年以上かけて文化を育て、1999年に理念を法律にし、2015年にそれを言葉として明文化し、2026年のいま運用を磨き直す段階にいます。長い時間をかけて、一段ずつ階段を上ってきた国なのです。
日本はこれから、理念と仕組みを同時に育てていける立場にあります。後から始めるからこそ、海外がたどった試行錯誤を踏まえて、「やさしさ」と「ルール」を最初からワンセットで設計できる強みがあるはずです。大切なのは、どちらか一方だけを急がないこと。罰則だけを強めても、理念だけを掲げても、現場の安心にはつながらないからです。
■ 私たちが日本で、今からできること
法律を変えるのは時間がかかります。けれど、ニュージーランドが教えてくれるのは、「心を認めること」と「責任を持つこと」を切り離さない、という日々の姿勢です。
飼い主としては、登録やマイクロチップを「面倒な手続き」ではなく「うちの子を守る仕組み」と捉え直すこと。事業者としては、預かる一頭一頭を感情のある存在として扱いながら、安全の設計を怠らないこと。私たちソプラ銀座も、犬の幼稚園やホテルで、その両立を毎日の現場で積み重ねています。
やさしさだけでも、ルールだけでも、共生は成り立ちません。両方を同時に持てる社会こそ、犬と人がいちばん安心して暮らせる場所なのではないでしょうか。
「動物には心がある」と書いた国が、その心を守るために、もう一度ルールを見つめ直している。
遠い南半球のニュースのようでいて、これは私たちのまちの未来の話でもあります。うちの子の心を大切にすることと、まちの安心を守ること。そのふたつを、同じ手のひらで抱きしめられる社会へ。ソプラ銀座は、その一歩を今日も歩んでいきます。
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