パリには、犬が82,000頭暮らしています。
そして街には、リードを外して走らせていい「犬エリア」が45か所。すべて無料です。
それでもパリは、まだ足りないと考えました。2025年、市議会は全会一致であるひとつの方針を可決します。「もっと多くの公園を、犬に開こう」。今日は、その静かな決断の話をさせてください。
■ パリが2025年に決めたこと
きっかけは2025年10月、パリ市議会(Conseil de Paris)で全会一致採択された動議でした。内容はシンプルです。リードにつないだ犬が入れる緑地を、もっと増やそう、というもの。全会一致、というところがポイントです。犬の居場所をつくることは、もはや一部の愛好家の主張ではなく、街全体の合意事項になっている、ということですから。
そして同年12月、13の庭園・広場が新たに犬に開放されました。名前を挙げると、8区のParc Monceau(モンソー公園)、12区のParc de Bercy、6区のJardin des Grands Explorateurs、9区のsquare d’Anvers。ナポレオン3世の時代からある歴史的な庭園まで、この波に含まれています。観光名所の芝生のかたわらを、地元の犬が飼い主と歩いていく。そんな風景が、少しずつ公式に認められていきました。
これでパリ市内の「犬が入れる緑地」は178か所に増えました。加えて、フェンスで囲まれた犬専用エリア(espaces canins)が45か所。こちらは二重扉の出入口がついていて、リードを外して他の犬と自由に遊ばせられます。しかも、すべて予約不要・無料。入口に掲示された利用憲章(Charte d’usages)を守るだけです。
ルールは意外なほど細かく、そして現実的です。犬が歩いていいのは通路まで。芝生や植栽エリアは立入禁止のまま。全面開放でも全面禁止でもない、この「線引き」こそが、パリのやり方の核心なのだと思います。
■ なぜパリは公園を「開いて」いけるのか
背景には、フランスという国の犬との距離感があります。
FACCO(フランスペットフード工業会)の2025年調査によると、フランスには犬が970万頭。国民の29%、およそ3世帯に1世帯が犬と暮らしています。ペット全体では7,900万頭。人口を上回る数です。
そして2015年、フランスは民法を改正し、動物を「感覚を備えた生きもの(êtres vivants doués de sensibilité)」と明記しました(民法515条の14)。物ではなく、感じる存在。この一文が、街づくりの前提を少しずつ変えてきました。
犬がこれだけ日常にいる社会では、「犬を締め出す」ことのほうが不自然になります。だからパリは、禁止するのではなく、どうすれば共存できるかを設計する。芝生や植栽エリアは立入禁止のまま、通路は歩いていい──そんなきめ細かなルールで折り合いをつけているのです。
もうひとつ見逃せないのが、暑さへの対応です。2025年の猛暑の際には、通常は犬が入れない14の公園が、例外的に犬に開放されました。飼い主が愛犬を涼しい木陰に連れて行けるように、という配慮です。「犬も暑い」という当たり前の事実を、行政が制度で受け止める。動物を感じる存在と定めた国ならではの発想ではないでしょうか。
■ 日本との違い
日本では、多くの公園が「犬の立入禁止」を掲げています。入れても「リード必須・芝生不可」で、オフリードで走らせられる場所は、専用のドッグランに限られます。そのドッグランも、都市部では数が限られ、有料や会員制のところも少なくありません。
これは日本が「遅れている」という話ではないと、私たちは考えています。人口密度、公園の総面積、衛生観念、そして「公共空間は誰のものか」という文化的な前提が、フランスとは違うフェーズにあるだけです。日本の公園は、子どもの遊び場や地域の憩いの場として設計されてきた歴史があります。そこに犬を組み込むには、丁寧な合意形成が要る。急がなくていいのだと思います。
ただ、ひとつ確かなことがあります。パリは「犬を排除する」方向ではなく、「条件つきで開く」方向に、少しずつ舵を切りました。禁止か全面開放か、の二択ではない。その中間に、たくさんの設計の余地があることを、178という数字が教えてくれます。
■ 私たちが日本で今からできること
大きな制度を変えるのは、時間がかかります。でも、できることはあります。
飼い主にできるのは、まず「マナーで信頼を積むこと」。糞の始末、リードの管理、鳴き声への配慮。ひとつひとつが、「犬がいても大丈夫」という社会の実感をつくります。パリの178か所も、芝生に入らないという小さな約束の上に成り立っています。ルールを守る飼い主が増えれば、公園を開く側も安心して次の一歩を踏み出せる。信頼は、いつも現場の足元から広がっていきます。
事業者や行政にできるのは、「全部禁止」でも「全部開放」でもない、中間の設計を試すこと。時間帯を区切る、通路だけ開ける、囲いをつくる。パリの45か所の犬エリアは、その積み重ねでした。
そして私たちソプラ銀座にできるのは、犬と人が心地よく過ごせる場所を、街のなかに少しずつ増やしていくこと。サロンも、幼稚園も、その一歩だと考えています。犬が街に馴染むほど、「犬がいる公共空間」への抵抗は小さくなる。パリの178か所も、一日でできたわけではありません。無数の小さな信頼の積み重ねが、あの数字になったのです。
■ 締めに
パリが選んだのは、「犬に公園を明け渡す」ことではありません。「犬と人が、同じ公園を分け合う」という設計です。
芝生は人のもの、通路は分け合うもの。そのささやかな線引きが、82,000頭と、その何倍もの人を、同じ緑の下に共存させています。禁止という一本の線を引くのは簡単です。でもパリは、もっと手のかかる、たくさんの線を引くことを選びました。共に生きるとは、たぶんそういう手間を引き受けることなのだと思います。
いつか日本の公園でも、うちの子と当たり前に木陰を歩ける日が来るように。その日は、遠くの制度ではなく、今日の一歩から始まるのだと思います。
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