「ペット不可」と書くだけでは、もう通らない国がある。── オーストラリアが2025年に書き換えた、"犬と部屋を借りる"というルール

「ペット相談可」。日本で部屋を探したことのある飼い主なら、この4文字にどれだけ一喜一憂したか、きっと覚えているはずです。相談”可”であって、許可ではない。犬がいるというだけで、選べる物件が一気に狭くなる。この感覚は、実は世界共通ではありません。オーストラリアでは2025年、大家が「ペット不可」と言うこと自体が、原則としてできなくなりました。今日は、犬猫が3,160万匹いる国が、法律で”共に暮らす権利”をどう設計したのかを見ていきます。

■ 世帯の73%がペットと暮らす国

まず、前提となる数字から。動物医薬品業界団体Animal Medicines Australiaの2025年調査によると、オーストラリアでは全世帯の73%が何らかのペットと暮らしています。2019年は61%、2022年は69%でしたから、コロナ禍を経て一気に伸びました。犬に限れば、約半数(49.3%)の家庭が飼っている。国全体では犬が730万匹、猫が580万匹、ペット総数は3,160万匹にのぼります。人口約2,700万人の国で、ペットの数が人間を上回っているのです。

この普及は経済の数字にも表れています。業界団体の推計では、オーストラリアのペット関連市場はおよそ330億豪ドル規模。フード、動物病院、ペットケア、保険まで含めれば、犬や猫は立派な”経済圏”を形づくっています。これだけ多くの家庭がペットと暮らし、これだけの産業が回っていれば、「借家でペットを飼えるか」は一部の人の悩みではなく、社会全体の問題になります。オーストラリアが動いたのは、そこでした。

■ 「21日以内に返事」──ニューサウスウェールズ州の新ルール

象徴的なのが、シドニーを擁するニューサウスウェールズ(NSW)州です。2025年5月19日に施行された新ルールでは、借主が「ペットを飼いたい」と申請したら、大家は21日以内に返事をしなければなりません。もし返事をしなければ、自動的に”承認”とみなされます。沈黙は拒否ではなく、許可になったのです。

しかも、大家が断れる理由は法律で6つに限定されました。フェンスがなく安全に飼えない、敷金を超える損傷が確実に見込まれる、法令や集合住宅の規約に反する、といった具体的な事由に限られます。「なんとなく不安だから」は理由になりません。さらに重要なのは、ペットを認める代わりに敷金や家賃を上乗せしたり、保険加入を強制したりすることが禁じられた点です。ペットを飼うことに、”追加料金”を課せない。

同じ仕組みは他州にも広がっています。メルボルンのあるビクトリア州では、専用の「ペット申請フォーム(Pet Request Form)」を大家に渡すと14日以内に返事が必要で、期限を過ぎれば承認とみなされる。ブリスベンのあるクイーンズランド州も14日ルールを敷いています。しかも、大家が「やっぱり断りたい」と思ったら、自分から州の行政審判所(ビクトリアではVCAT)に申し立てて、正当な理由を示さなければなりません。飼い主が「お願い」する構図から、大家が「断るなら証明する」構図へ。拒否の側に、説明責任が移ったのです。

日本の私たちの感覚からすると、これはなかなか思い切った制度です。大家の財産権はどうなるのか、と心配になる方もいるでしょう。けれどオーストラリアの設計は、大家の権利をゼロにしたわけではありません。損傷が敷金を超えると合理的に見込めるなら断れる。安全に飼えない構造なら断れる。あくまで”正当な理由があれば断れる”のであって、無条件に飼えるわけではない。感情ではなく事実で判断する、という線引きにしたのです。

■ なぜ”権利”として設計できたのか

背景には、住宅市場の変化があります。オーストラリアは持ち家価格が高騰し、賃貸で暮らす人が増えました。同時に、これだけペットが普及すれば、「ペット不可」の物件ばかりでは、多くの世帯が住む場所を失いかねない。ペット同伴を認めることは、動物福祉であると同時に、住宅政策の問題として捉えられたわけです。

もう一つは、”拒否のデフォルト”を逆転させた発想です。これまでは「飼っていいか、大家に許可をもらう」形でした。新ルールは「飼えるのが前提、断るなら理由を示す」形に組み替えた。誰に説明責任があるかをひっくり返しただけですが、当事者が感じる重みはまるで違います。

■ 日本との違いは、”フェーズの差”

日本で「ペット不可」が多いのは、大家が非情だからではありません。原状回復や近隣トラブルへの不安、そしてそれを調整する制度がまだ整っていないからです。日本の借地借家法にも、ペット飼育権を正面から定めた条文はありません。つまり私たちは、オーストラリアより”遅れている”のではなく、まだ制度化していない別のフェーズにいる、と言うほうが正確です。

だからこそ、海外の設計図は参考になります。「返事の期限を決める」「断る理由を限定する」「追加料金を禁じる」──これらは思想ではなく、運用のルールです。真似できる部分は、意外と多い。

■ 私たちが今からできること

制度が変わるのを待つ必要はありません。飼い主にできるのは、ペットの”信頼の履歴”を可視化することです。しつけの記録、ワクチン接種、近隣への配慮。オーストラリアの申請フォームがまさにそうであるように、「この子はきちんと暮らせます」を伝える材料をそろえておく。実際、あちらのフォームには犬種や大きさ、屋内外どちらで飼うか、去勢・避妊の有無まで書く欄があります。大家の不安に、あらかじめ答える設計になっているのです。日本でも、こうした情報を自分から用意しておくだけで、「相談可」の物件との交渉はずいぶん変わってきます。事業者にできるのは、その履歴を保証する仕組みづくりです。ソプラ銀座が犬の幼稚園や教育事業に取り組むのも、”共に暮らせる犬”を社会に増やすことが、めぐりめぐって部屋を借りやすくすることにつながると考えているからです。

「ペット不可」を、当たり前にしない。オーストラリアが法律でやったことを、日本では信頼の積み重ねから始める。うちの子と一緒に、どこでも堂々と暮らせる社会は、きっとその延長線上にあるのではないでしょうか。

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