犬1匹の治療に、平均13万円。── イギリスが年2,300億円を払う「ペット保険大国」になるまで

愛犬が急に歩けなくなったら。レントゲン、血液検査、手術、入院。気づけば請求書は数十万円に。
そんなとき、イギリスでは「保険が払ってくれる」が当たり前になりつつあります。
2024年、イギリスのペット保険は1年で約2,300億円もの保険金を支払いました。3年連続で1,000億円を超える規模です。なぜこの国は、ここまで「ペットにお金をかける社会」になったのでしょうか。

■ 数字で見る、イギリスの「ペット保険大国」ぶり

イギリス保険協会(ABI=Association of British Insurers)が2025年に発表したデータは、なかなか衝撃的です。

2024年に支払われたペット保険金は、過去最高の12億3,000万ポンド(約2,300億円)。これで3年連続の「10億ポンド超え」となりました。10年前と比べると、支払額は2倍以上(+103%)に膨らんでいます。

請求の件数も過去最多の180万件。1日あたり約4,900件のペースで保険金請求が処理された計算です。1件あたりの平均は685ポンド(約13万円)。内訳を見ると、犬が9億3,300万ポンド、猫が2億3,200万ポンドと、犬の医療費が大きな比重を占めています。

そして契約者数も過去最高の460万人。コロナ前の2019年と比べて33%増えました。「ペットを飼う=保険に入る」が、ひとつの常識として根づいてきたことがわかります。

イギリス全体で見れば、ペット関連産業の市場規模は約330億ポンド。家庭の57%が何らかのペットを飼い、犬は約1,550万頭、猫は約1,300万頭が暮らしているとされます(UK Pet Foodなどの2025〜2026年データ)。「保険大国」は、この分厚いペット人口の上に成り立っているのです。

ちなみに、この市場の伸びを象徴するのがペットテックの領域です。スマート給餌器、GPSトラッカー、見守りカメラといった製品群は前年比34%で成長し、いまや約4億2,000万ポンドの市場になっているといいます。健康データを日々記録する飼い主が増えれば、病気の早期発見にもつながる。テクノロジーと保険が、ペットの「医療を支える仕組み」として両輪で育っているのです。

■ なぜイギリスは、ここまで保険が広がったのか

ひとつは、獣医療の高度化です。MRIやCT、専門医によるがん治療や整形外科手術まで、人間と変わらない医療が動物にも提供されるようになりました。質が上がれば、当然コストも上がります。ABIによると、ペットの治療費は物価上昇を上回るペースで増えています。「いざというとき数十万円」という現実が、保険という備えを後押ししているわけです。

もうひとつは、ペットを「家族」と捉える文化の深さです。イギリスには動物福祉の長い歴史があり、世界最古級の動物保護団体RSPCAや、保護犬で知られるDogs Trustといった組織が社会に根を張っています。動物に医療を受けさせるのは「贅沢」ではなく「責任」だ──そんな感覚が、保険加入の土台になっています。

そして見落とせないのが、月々の負担という現実的な側面です。ABIのデータでは、犬の保険料は平均で月32ポンドほど(年間約390ポンド)。けっして安くはありません。それでも460万人が払い続けているのは、「いざ大きな病気になったとき、数十万円を一度に用意するより、毎月の少額のほうが備えやすい」という合理的な判断が広がっているからです。保険は感情ではなく、家計を守る道具として選ばれている。ここにイギリスの成熟があります。

ただ、ここで意外な事実も。これだけ普及しているように見えて、実は保険に入っている犬は全体の約25%、猫にいたっては約12%にとどまるという調査もあります。「保険大国」イギリスですら、まだ4頭に3頭の犬は無保険。裏を返せば、市場はこれからも伸びるという見方が強く、ペット保険市場は今後も二桁成長が予測されています。

■ 日本との違い、そして同じところ

日本のペット保険加入率は、複数の調査によると1割台といわれます。イギリスの犬25%と比べると低めですが、実は方向性はよく似ています。

日本のペット関連市場も約1.9兆円規模(矢野経済研究所など)まで成長し、ペットを「家族の一員」と考える人は年々増えています。動物医療も高度化し、犬の高額治療は決して珍しくありません。つまり日本は、イギリスが歩んできた道を、少し後ろから同じ向きに歩いているとも言えます。

違いがあるとすれば、「備えの設計」がまだ社会に行き渡っていないこと。イギリスでは保険が会話の一部になっていて、犬を迎える人同士で「どこの保険に入った?」と話すのが自然だといいます。日本ではまだ、いざ高額な治療費に直面してから慌てて調べる、という人も少なくありません。

高齢化するペットの医療費をどう支えるかは、飼い主個人の問題であると同時に、これからの共生社会のインフラの問題でもあるのではないでしょうか。人もペットも長生きする時代だからこそ、「最後まで診てあげられる仕組み」が、社会全体の優しさの指標になっていくように思います。

■ 私たちが、日本で今からできること

保険は「入って終わり」ではありません。大切なのは、その手前にある日々のケアです。

体重管理、歯のケア、適切な運動、ストレスの少ない生活。病気を未然に防ぐ習慣こそが、結果的に医療費も、そして何より愛犬の苦しみも減らします。ソプラ銀座が幼稚園やサロンで大切にしているのも、まさにこの「予防的な暮らし方」です。

そして飼い主としては、迎える前に「生涯でどれくらい費用がかかるか」を一度だけでも具体的に考えてみること。それは不安を煽るためではなく、最後まで責任を持って一緒に生きるための、いちばん最初の準備だと考えています。

イギリスが何十年もかけて築いた「ペットに医療を受けさせるのが当たり前」という空気。日本でもきっと、一人ひとりの選択の積み重ねで育てていけるはずです。

うちの子が病気になったとき、お金の心配で選択肢を狭めなくていい社会。
それは、ペットと共に生きることを社会の前提にする、という私たちのビジョンと、まっすぐにつながっています。

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