フィンランドには、「自然はみんなのもの」という考え方があります。他人の所有する森でも、湖でも、許可なく歩き、ベリーやきのこを摘み、一晩テントを張ることができる。世界でもまれな「歩く自由」を、フィンランドは法律というより文化として持っています。
けれど、その「どこでも自由」な国で、犬だけは1年のうち半年近く、リードにつながれます。
なぜ、もっとも自由な国が、犬にだけ約束を課すのでしょうか。そこには、自由と責任をセットで考えるフィンランドらしい、人と犬の距離感がありました。
■ 「どこでも歩いていい」という、世界一の自由
フィンランドには「jokamiehenoikeus(ヨカミエヘンオイケウス)」という権利があります。日本語では「自然享受権」や「万人権」と訳される考え方です。
これは、土地が誰のものであっても、その自然を歩き、楽しむ自由が万人にある、という原則です。フィンランド環境省(Ympäristöministeriö)の説明によれば、人々は国土に広がる森や湖、川を、ごくわずかな制限のもとで自由に楽しむことができます。
具体的には、他人の森を散歩する、スキーやスノーシューで歩く、野生のベリーやきのこを摘む、湖で泳ぐ、決められた範囲でテントを張る——こうした行為が、所有者の許可なしに認められています。
「自然は誰かの財産である前に、みんなで分かち合うもの」。この感覚が、法律ではなく国民の常識として根づいている。これがフィンランドの「歩く自由」の正体です。
▼ ただし、自由には作法がある
もちろん、何でも許されるわけではありません。庭や畑、植林地には入れない。木を傷つけない。他人の土地で焚き火をしない。そして——犬を放してはいけない。
自由に「入っていい」からこそ、そこで暮らす野生動物や他の人への配慮が、強く求められるのです。
■ 犬にだけ課される「半年のリード」
フィンランドでは、自然のなかでは犬をリードにつなぐのが基本ルールです。さらに踏み込んでいるのが、狩猟法にもとづくリード義務です。
毎年3月1日から8月19日まで、犬は屋外で必ずリードにつながれていなければなりません。これは約172日間、つまり1年の半分近くにあたります。
なぜこの時期なのか。春から夏は、野鳥が巣をつくり、野生動物が子を育てる季節だからです。放たれた犬が巣を荒らしたり、幼い動物を追いかけたりしないように、もっとも繊細な季節だけ、犬の自由を一時的にあずかる。国立公園や自然保護区では、そもそも犬を放すことは認められていません。
「自由に歩ける国」が、犬にだけ厳しいのではありません。人にも、自然のなかでは強い責任が課されている。その責任が、犬という形でいちばん見えやすく現れているだけなのです。
▼ 2024年に変わった、犬の暮らしのルール
フィンランドは制度の面でも、犬との関係を更新し続けています。2024年1月1日、新しい動物福祉法(Eläinten hyvinvointilaki、法律693/2023)が施行されました。
この法律は、犬が運動・休息・社会的な関わりといった「その動物らしい行動」をとれることを求めています。飼育場所では常に水が飲めること。極端な見た目を求めるような繁殖の禁止。外見を変える施術を受けた犬は、ショーや競技会に出せないこと——こうした細かな配慮が、法律として明文化されました。
さらにフィンランドでは2023年から、犬の登録が義務になりました。フィンランド食品局(Ruokavirasto)が運営する「犬の登録簿」にマイクロチップ番号を登録することが、すべての飼い主に課されています。
興味深いのは、その浸透の途中経過です。フィンランドには推定で約80万匹の犬がいるとされますが、2024年6月時点で登録されていたのは約30万匹。半分以上が、まだ登録されていませんでした。理想の制度をつくっても、現場が追いつくには時間がかかる。フィンランドもまた、その途上にいるのです。
■ なぜフィンランドは、これを実現できたのか
背景にあるのは、「自由と責任はセットである」という社会の前提です。
フィンランドの自然享受権は、誰かに与えられた権利ではなく、長い時間をかけて育った相互信頼の文化です。「あなたの土地を歩かせてもらうかわりに、わたしはそこを荒らさない」。この暗黙の約束が成り立っているから、広大な自然を所有者ごとに柵で囲わずに済んでいる。
犬のリード義務も、この延長線上にあります。自由に自然へ入れることと、その自然を守る責任は、切り離せない。だからこそ、もっとも自由な国が、もっとも丁寧に犬のルールを定めている。矛盾ではなく、一貫性なのだと考えています。
■ 日本との違い、そして障壁
日本では、そもそも他人の土地や森を自由に歩く文化がありません。土地は明確に「誰かのもの」で、立ち入りには許可が要る。だから「自由に入れるかわりの責任」という発想も、生まれにくいのが現実です。
犬の散歩も、多くは舗装された道や決められた公園のなかで完結します。リードは「他人に迷惑をかけないため」のものであって、「野生動物や自然を守るため」という視点は、まだあまり共有されていないのではないでしょうか。
これは遅れているということではなく、国土のなりたちも、自然との距離も違う、別のフェーズにあるということです。フィンランドの仕組みをそのまま輸入することはできません。けれど、その奥にある「自由と責任をセットで考える」という思想は、海を越えても学べるはずです。
■ 私たちが、日本でできること
まず、リードを「制約」ではなく「約束」として捉えなおすこと。誰かに迷惑をかけないためだけでなく、その場所と、そこにいる命を守るための約束だと考えると、散歩の景色が少し変わってきます。
そして、犬と一緒に入れる自然の場所を、飼い主自身が大切に使うこと。マナーを守って使われた場所は、「犬と一緒でも大丈夫」という信頼を少しずつ育てます。その信頼の積み重ねが、いつか「犬と入れる場所」を増やしていく——フィンランドが何十年もかけて育てたのは、まさにこの信頼でした。
私たちソプラ銀座も、犬と人がともに過ごせる場所を、ひとつずつ丁寧に増やしていきたいと考えています。自由は、誰かに与えられるものではなく、責任とともに育てていくもの。フィンランドの森が、そっと教えてくれた気がします。
「自然はみんなのもの」と言えるその日まで、まずは目の前のリードを、約束として握りなおすところから。うちの子と歩く道が、いつか誰かの自由につながっていく。そんな未来を、私たちは信じています。
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